翻訳という仕事はあまり儲からない、と言われる。そんな風に言われるのは、報酬が訳した分量に応じて支払われることが多いためだろう。そのため、翻訳者として生計を立てていく行くうえで一番大事なのは、限られた時間の中でできるだけ多くの分量をこなして報酬を増やすことである。時間内にできるだけ多くの分量を訳すために重要なのは、翻訳のスピードを上げることである。翻訳のスピードを上げるために有効な方法の一つは、英文を読むスピードを上げることである。
読むスピードは実際の案件をこなすうちに徐々に上がっていくものだが、訓練で上げることもできる。むしろ、読むスピードを上げることだけを目的にするなら専用の訓練をしたほうが良い。実務では訳文の入力によって読む作業がたびたび中断されるため、読むスピードが上がりにくいからだ。この記事では、翻訳者向けに英文を読む速度を上げるための方法をご紹介する。読む訓練と言うと英文多読を連想するかも知れないが、それとは少し違う方法である。翻訳者の場合、多読とは違い、ただ多く読むだけはなく、速く正確に読まなければならない。いわば、精読を高速で行うのが翻訳者の読み方なのだ。また、仕事を抱えているから練習時間も限られている。今回紹介するのは、こうした点を考慮に入れた練習方法で、通勤時や喫茶店の中など、外出中にも行うことができる方法である。
- オンライン辞書にアクセスできるようにしておく。スマホの場合、辞書アプリをスマホにインストールする。外出先での訓練に使用する辞書アプリとしては、英辞郎がおすすめである。有料版も月額495円とそれほど高くないから、まだであればこれを機会に購読することをおすすめする。
- Kindle をパソコンまたはスマートフォンにインストールする。外出先で訓練を行う場合、Kindle 専用端末よりはスマートフォンの方がよい。専用端末だと、表現の意味を調べるのにKindle内蔵の辞書しか使えないため、熟語や慣用表現などを調べにくいからである。
- Kindle版の英語の原書を入手する。自分にとって優しすぎず、難しすぎない本を選ぶ。電子書籍は立ち読みができず難易度を判断するのが難しいので、『新・ジャンル別洋書ベスト500プラス』などの洋書ガイドを参考にする。英検準1級またはTOEIC900点前後の人には『新・ジャンル別洋書ベスト500プラス』で難易度7の本、英検1級またはTOEIC950点前後の人には難易度8の本がちょうどよい。また、できれば定評のある訳者による翻訳が存在する本がよい。原書を読んだ後に訳書を読んで、自分の理解が正しかったか確認できるからである。
- 原書をKindleで30分間読む。その際、「おおまかな意味がぼんやり分かった」という程度に読み流すのでなく、必ず1文1文はっきり理解しながら読むよう心掛ける。分からない単語があれば、Kindleの辞書機能で意味を確認する。熟語や慣用表現など、複数の単語から成る表現はKindleの辞書機能では検索しづらいので、英辞郎などの辞書アプリで意味を確認する。辞書を引いて意味が分からない表現があれば文脈から意味を推定し読み進める。「はっきり意味が分かった」と思えるまでは次の文に進まない。どうしても意味が取れない文章があれば飛ばしてもよいが、必ず意味をある程度推測するようにする。意味の分からない文章が続くようなら、その本はまだ自分には難易度が高すぎるので、一旦読むのを止めてもっと簡単な本に取り換える。
- 30分読んだら、何ページ読めたか記録しておく。
- 翌日、続きから読む。前日のページ数を上回ることを目標にする。ただし、読み方が雑になってはならない。読み終わったら、何ページ読めたか記録しておく。
- その後も、過去の最高記録を上回ることを目標にしつつ、毎日30分読んでページ数を記録する。
- 1週間に1回程度、ページ数の記録を見返して読む速度が速くなっていることを確認し、モチベーションを高める。読めるページ数は増減を繰り返しながら徐々に速くなっていくので、毎日のページ数の増減に一喜一憂しないこと。長期的に見て増加傾向が少しでも見られるようならうまくいっていると考える。
- 1冊読み終えたら、次の本を探す。読み終えた本の9割以上の文章を特に問題なく理解できたと思ったら、その本は簡単すぎるので、もう少し難易度の高そうな本を選ぶ。選んだ本を、上記の手順により読み進める。
このように訓練を進めることで、英文を速く正確に読む能力が徐々に高まっていくはずである。一番大切なことは、前日の記録を意識しつつも、一文一文の読解をおろそかにしないことである。長期的に見れば速度は必ず上がっていくので、前日の記録を破ることよりは、時間をかけてでも文の意味を正しく把握することを優先する。繰り返しになるが、速く読めるというだけでは意味がない。翻訳作業では、理解度を保ったまま速く読めなければならない。
必須ではないが、上述の理由から、この訓練を行う前に英文解釈の本に取り組み、精読力をつけておくとなおよい。英検準1級またはTOEIC900点前後であれば、『ポレポレ英文読解プロセス50』や『英文読解の透視図』などを一通りやっておくことをおすすめする。また、これよりもぐんと難しくなるが、余力があればぜひ『英文解釈教室』にも取り組んでほしい(こちらの記事にレビューがあるので、参考にしてほしい)。
英文を読む速度を上げれば、一日に翻訳可能な分量が増える。このことは直接的に収入増につながる。また、推敲やチェックにかけられる時間も増えるため、訳文の品質も向上する。訳文の品質が向上すれば発注先からの評価が上がり、間接的に収入の増大につながる可能性がある。ここで紹介したトレーニングにより英文を読む速度を上げ、稼げる翻訳者になってほしい。
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